
はじめに
8月になると、
空気の匂いや、夕方の風の感じが
少し変わったように思うことがあります。
理由はうまく説明できないけれど、
なぜか、あの子の存在を
いつもより近くに感じるような気がする。
そんな感覚を覚えたことはありませんか。
思い出すことが、増える月
夏の音。
夕暮れのにおい。
蝉の声が遠くなっていく瞬間。
何気ないきっかけで、
ふいに思い出が重なってくることがあります。
楽しかったことだけでなく、
最後の時間や、抱きしめた感触まで
一緒に思い出してしまうこともあるかもしれません。
でも、それは
心が弱くなっているからではありません。
「忘れていない」というより、
「ちゃんと想っている」ということなのだと思います。
会えないけれど、離れてはいない
8月は、
“会えないけれど、離れてはいない”
そんな感覚が、自然と浮かびやすい季節です。
姿は見えなくても、
同じ空気の中にいるような気がしたり、
すぐそばにいるように感じたり。
それを、
信じてもいいのかどうか、
迷ってしまう方もいるかもしれません。
けれど、
そう感じる気持ちそのものが、
あなたとあの子をつないでいるのだと思います。
供養は、迎えることでもある
供養というと、
見送ること、手放すことを
思い浮かべがちですが、
8月の供養は、
「迎える」という側面も持っています。
何か特別なことをしなくてもいい。
形を整えなくてもいい。
ただ、
「来てくれている気がするな」
そう思うだけでいい。
それだけで、
心の中では、ちゃんと再会が起きています。
そばに在るということ
TENが大切にしているのは、
見えなくなった存在を
遠くへ送ってしまうことではありません。
これからも、
生活の延長線上に、
そっと居場所を残しておくこと。
8月の静かな夜に、
名前を呼びたくなったら呼んでいい。
何も言葉が浮かばなければ、
ただそこに在ってもいい。
それも、立派な供養です。
おわりに
8月は、
心が少しだけ、過去と今を行き来しやすい季節です。
思い出してもいい。
涙が出てもいい。
笑ってしまってもいい。
そのすべてが、
あの子と過ごした時間が
今も、あなたの中で生きている証です。
「凛としておだやかに」は、
その想いが行き交う時間にも、
変わらず、そっと寄り添っていたいと思っています。
