― 何もしない供養があってもいい ―
はじめに
年が明けて、少し時間が経った2月。
周りは日常に戻っていくのに、
自分の気持ちだけが、まだそこに置き去りになっているように感じることはありませんか。
「そろそろ前を向かないといけないのかな」
「何かしなきゃいけない気がする」
そう思えば思うほど、
何もできない自分に、また疲れてしまうこともあるかもしれません。
「何もしたくない」という気持ち
ペットを見送ったあと、
何も考えたくない、何もしたくない。
そんな時期があるのは、とても自然なことです。
供養の方法を調べる気力もない。
写真を見るのも、つらい。
誰かに話すことすら、しんどい。
それは、あなたが冷たいからでも、
愛情が足りなかったからでもありません。
それだけ深く、
大切に想っていたという証です。
供養は「行動」じゃなくてもいい
供養というと、
- 何かを整えること
- 手を合わせること
- 形を決めること
そんな“行動”を思い浮かべる方も多いかもしれません。
でも本当は、
供養は「気持ちのあり方」から始まるものです。
今日は何もしない。
ただ思い出すだけ。
名前を心の中で呼ぶだけ。
それも、立派な供養です。
そばに「在る」という選択

TENが大切にしているのは、
「何かをしなければならない供養」ではなく、
ただ、そばに在る供養です。
見るたびに、
無理に気持ちを切り替えなくてもいい。
触れなくてもいい。
話しかけられなくてもいい。
そこに在るだけで、
「一緒に生きている感覚」を思い出せる。
そんな存在でありたいと思っています。
おわりに
2月は、心がいちばん静かになる季節かもしれません。
動けなくてもいい。
決められなくてもいい。
何もしない時間も、
ちゃんと意味のある時間です。
「凛としておだやかに」は、
その途中にいるあなたの気持ちに、
これからも静かに寄り添っていきたいと思います。
この記事は、ペットロスケアマネージャー/ペット終活アドバイザーの結来が、
日々のご相談の中で感じていることをもとに綴っています。
気持ちが少し動いたとき、
またそっと読みに来ていただけたらうれしいです。
